ICPCエアプ参加記

一度もICPCに出たことのない人が綴る、すべての人のための架空参加記録


第7話

今日は僕とあおいちゃんが所属している第八四三工学部では補講日になっていて、2人とも授業がなかった。黒子さんも、もはや誰も時間割を把握していないが多分休みらしかった。というわけで、お昼前から3人であおいちゃんの家に集まってダラダラと過ごしていた。あおいちゃんは綺麗に整頓された自分の机に向かって、過去のコンテストの問題を解いていた。黒子さんはいい匂いのするあおいちゃんのベッドを占領して、さっきからどう見ても一面真っ黒にしか見えないパソコン画面と睨めっこをしている。胡坐をかいて背中を壁に預けた姿勢のままあまり動かないが、時折タイピングをしているので、よく分からないけどやはり何かしら何かやっているのだろう。僕はというと、部屋の真ん中に置かれた小さくてかわいいテーブルで、あおいちゃんと同じように競技プログラミングの問題を考えていた。......考えていたが、あおいちゃんが穿いているジーンズのメチャメチャ短いやつ(多分名前があるのだろうが、よく知らない)が短すぎる問題と、黒子さんの胡坐を組んだ脚部と黒のロングスカートがなす複雑そうな構造が気になりすぎて、全然捗っていなかった。
「ぬお~ん、分からん......」
「いい加減、解説、見なさーい......」
黒子さんが自分の画面に目を凝らしたまま、独り言のようにつぶやいた。
「そういえばせんぱい、今日は本当にお休みなんですか?」
あおいちゃんも独り言のようにつぶやいた。
「仮に何かあったとして、出席して今更どうにかなるものでもない」
「まあ、そうですけどお......」
誰も自分のパソコンの画面から目を離すことなく、会話が進行していく。
「暗黒理学部......でしたっけ、最長で何年いれるんですか?」
「さあね。私が知っているのは、暗黒理学部という名前だけ」
「はあ......」
ふと、あおいちゃんの素足に目がいった。指がわきわきと動いたり、たまに左足と右足の上下関係が入れ替わったりするのを、ぼんやりと眺めていた。とくに惹きつけられるものでもなかったが、視界で動くものがそれくらいしかなかったのもあって、知らない間に時間が過ぎていった。
「お、変態かな?」
見ているところを黒子さんに見られていたらしい。
「え、いや、ま、まあ、確かに!」
ふいのことで驚きはしたが、特に危機感とか罪悪感とかはなかったので、意図せず変な応答になってしまった。黒子さんが起こしたこのちょっとした擾乱は、混乱した僕によって勝手に増幅され、ついにあおいちゃんまで伝播した。
「え、わ、わたし?」
あおいちゃんはいまいち状況が飲み込めないらしく、椅子を回して体を僕たちの方に向けてきた。そこで初めて自らの脚部の露出が多いことを意識させられ、それが今しがたの黒子さんの呟きと勝手に結びついたのか、あおいちゃんは顔を真っ赤にして椅子から飛び上がった。そしてそのまま玄関の方に駆けていって、
「わ、わたし、ちょっとコンビニで何か買ってくるね~!」
と言い残して外に出てしまった。
「あ、ちょっ......」
遅かった。
「あ~あ」
黒子さんがニヒヒ、という表情で見てきた。いや待て、もしかして追いかけるやつ? 高校の頃に読んでた青春小説で、似たような展開があった気がする。少なくとも女の子が飛び出すという点で共通している。黒子さんはそういう話をどこまで理解してニヤついてるのか知らないが。
「ぼ、僕もコンビニ、行ってこようかな......!」
「え、じゃあついでに私も行こうかしら」
お、ついてくるのか?まあいいか、と思って立ち上がろうとした瞬間。
「うわ、ちょ、あ~......っつ......」
足が、足が痺れてヤバい! これ、かなりどうしようもないやつで、ひたすらじっと耐え忍ぶしかない。ベッドの上の黒子さんを見ると、向こうも向こうで変な格好をしてうずくまっていた。ICPC優勝チーム、メンバーの3分の2が行動不能......今ごろあおいちゃんは、何をしているやら。
「ただいま~!」
あ、帰ってきた。よく分からないけど、とりあえず元気そうだ。くしゃくしゃと袋の音がするから、本当に何か買ってきたらしい。
「あれ、2人ともどうしたの?」
「ちょっと、足が......」
「痺れて......」
あはは、ずっと座りっぱなしだったもんね、と言ってあおいちゃんは自分の椅子に戻った。さっきと比べて心持ちずり下がっているのを認めた。やっぱりちょっと気にしたのかな。あれは別にあおいちゃんのことじゃないよって、やっぱり言った方がいいよな、その先の説明が難しいけど......
「あ、そういえばさっき下のポストにこんな手紙が!」
「手紙?」
あおいちゃんがヒラヒラして見せたそれは、確かに手紙だった。それも僕たちチーム宛ての。
「何?」
黒子さんも興味ありげな様子で、変な姿勢のままズリズリと近づいてきた。
「chokudaiさんからだ!」
「ICPC......World Tour Final......招待状!?」
「ワールドツアーファイナルって......やったよな? 優勝したやつ」
「う~ん、アナザー的なやつってことかな?」
文面を読む限りは、前回のICPCで優勝した僕たちとかつてICPCを3度も制したchokudaiとで最強を決めようという趣旨らしく、chokudai直々のお誘いだった。なかなか挑戦的な企画だ。
「オンサイトだな」
「わたしたちの大学でやってくれるみたいです」
詳細は調整中とあるが、夏休みに大学のキャンパス内のどこかでやるらしい。そういえば、chokudaiも究極東京大学の出身だったはずだ。本番中はリアルタイムで順位表を実況するって書いてあるから、かなり盛り上がるだろう。
「せんぱい、もちろん受けて立ちますよね?」
あおいちゃんがすごい意気込んでいる。チームの意思決定は、いつもこんな感じで行われる。
「......こればっかりは、流石に出るしかないわね」
「やったー!」
黒子さんもいつものように、やれやれ仕方ないといった感じだ。あおいちゃんを喜ばせるためにコンテストに出ているみたいなところは、少なからずあると思う。
「せんぱいとchokudaiさんの直接対決、楽しみだな~!」
「待ってあおい、あなたたちも一緒に出るのよ?」
「でも、結局はせんぱいの力じゃないですかあ~」
「確かに」
これには僕もすかさず同意した。緑コーダーの出る幕は、このくらいしかない!
「いや、チームで力を合わせてこそじゃない」
こういうときだけもっともらしいことを言う。あおいちゃんがえへへ......って漏らしながら、口の横らへんを人差し指でポリポリした。お前が言うなよ~って、やっぱりなるよな!

あおいちゃんが買ってきたプリンの、最初の1口をもらった。あおいちゃんが次の1口を食べた。残りは黒子さんがプッチンして自分の口に投下した。



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