第3話
帰りは3人揃って帰国した。色々と済ませて「激烈成田国際空港」を出るころにはヘトヘトだった。あおいちゃんが手続きをしてスピードの出る乗り物に乗り込み、そのままウトウトしていたら、いつの間にか見慣れた駅に着いていた。辺りはすっかり薄暗くなっていた。
「行くぞ」
と、とりあえずいつものように黒子さんが言った。ラーメン「オーバーエクサ二郎」のことだ。近所のラーメン屋で、黒子さんと知り合って以来、半ば強制的に連れられる形で3人で行きまくっている。ちなみに黒子さんの「行くぞ」はオーバーエクサ二郎、「行こうか」がコンテスト、「行かない」が講義、「行くべきだった......」が期末試験だ。
「疲れているから、今日は512」
「それでも多くないですか? 僕はいつも通り300グラムで」
「わたしは、少なめでいいかな」
食券を買いながらそんな会話をしていると、知らないおっさんが先に食券を3枚渡して、麺マシ800グラムを頼んでいた。どうやら結構レアな強いおっさんみたいだ。おっさんが堂々と着席するのを横目に、いつも通りあおいちゃん、僕、黒子さんの順で厨房のおじさんに食券を渡す。でも今日は黒子さんがサービス券をいつもより多めに出していた。
「麺の量どおしますかあ」
「200グラムでお願いしまーす」
「普通で」
「1024」
おい、なんか増えてないか? 明らかに800のおっさんへの対抗心丸出しでみっともない。
「ハ、ハア!?」
おっさんもいきなり机をダアンと叩いてデカい声を出した。こっちも大概だな。
「お嬢ちゃん、ホントに食い切れるんだろうナア? てか1000ナンボってキリ悪いだロオ! ここは普通のラーメン屋じゃねえゼエ! 残したら承知しねえからナア!」
どうやらその辺でヘラヘラしてそうなエアプ学生と勘違いされてるみたいだ。それにしてもうるさいおっさんだ。やたら声がデカい。
「あら、逆に聞きますけど80グラムだったかしらね、そんなすっっっくないオーダーで恥ずかしいと思いませんの? ここはお子様ランチを食べるようなお店じゃあなくってよ」
まずい。黒子さんのこの挑発的なお嬢様口調は、かなりの危険信号だ。速やかにあおいちゃんを連れてここから立ち去った方がいい。しかし、ラーメンを頼んでしまった以上それはできない。
「お子様だトオ!? バカにしやがっテエ! おやっさんも何か言ってやりなヨオ!」
いきなり全く関係ない厨房のおじさんに話が振られた。でも厨房のおじさんは黒子さんのことを良く理解しているのだ。
「この子なら大丈夫すよ。あしにできるこったあ、言われた重さをばきっち~んと量ってお出しすることだけでさあ」
黒子さんがニヤリと陰湿に笑う。
「チイッ!!」
おっさんがもう一度机をバアンと叩いた。全員のコップの水が揺れ、前ロットの人たちの箸が一瞬止まる。そんな張り詰めた空気のまま、しばし待つ。
*
むさ苦しい店内に、厨房のタイマーの音が鳴り響いた。800のおっさんは足を組み直したり咳払いをしたりと、イライラせわしない。対して黒子さんはさっきからずっとピクリともせず、無意味に厨房の一点を見つめ続けている。多分コンテスト前の待ち時間も、間に合ってたら毎回こんな感じなのだろう。あおいちゃんはおっさんの隣の席なので、ずっと俯いてビクビクしていた。いつも一番かわいそうなのはあおいちゃんである。
程なくしてトッピングコールが始まり、熟練したシェルユーザーのようなテンポでやり取りが進む。
「おまちどおさまでえす」
おっさん、あおいちゃん、僕、黒子さんの順で着丼した。黒子さんのはアンドロメダ銀河みたいなサイズの丼で来た。
「いただきますっ!」
「っただきまーす」
「フガーッ」
1人だけおかしい。恐らく黒子さんの本気モード発動音の1つで、雑念を払い意識を清らかにして限界を超えた力を出す、とかなんとからしい。僕の知っている限り発動は3回目のはず。1回目はオーバーエクサ二郎で512グラムに初めて挑戦するとき、2回目は進級がかかった成績発表の瞬間。そう、彼女はこのオーバークロック状態で実に茹で前512グラムもの麺を一瞬で平らげ、そして2年ぶりの進級を勝ち取っている。今回も......勝てる!
隣で割り箸を割る音が2回した。僕は自分の身の安全を確保するため、丼を黒子さんの方から遠ざける。黒子さんを挟んで向こう側の客も、何かを察したのか椅子ごと距離を取った。厨房のおじさんも黒子さんの前のカウンターに新しい布巾を2枚置く。当の黒子さんは目玉をひん剥き、両手に持った箸をあり得ない速度で振り回して、眼下にそびえる迷惑違法建築物を今まさにひっくり返さんとするところだった。
*
「「「ごちそうさまでしたあ!!!」」」
いつも通り3人仲良く同時に完食。1人だけ丼のサイズがおかしいし、周りに大中小ハチャメチャに飛び散っている。周囲を見渡すと、まだ半分くらい残っている800のおっさんがもやしの欠片みたいに縮こまってガタガタ震えていた。
「いつもありがとおね。はいこれ」
「ありがとうございますっ!」
あおいちゃんが厨房のおじさんからサービス券をもらう。そしてそれを黒子さんが店の裏で巻き上げる。完全に定着したサイクル。
「腹、大丈夫なんですか?」
「大したことなかった。あなたも麺を増すべき」
「はあ......」
かなり苦しそうだ。定型文ってやつか?
「わたしは、ちょっとしんどいですう......」
「あおいちゃん、大丈夫? 次からは150グラムにしてもらおうね」
「うん......」
今日は3人とも荷物が多く疲れも溜まっていたので、そのままどこにも寄らずに帰宅した。黒子さんが座っていた側の半身が脂とかニンニクのかけらとかで汚れまくっているので、急いで洗濯しなければならないという事情もあった。
何はともあれ、無事に帰ってこれた。
デブラーメンいきたい