ICPCエアプ参加記

一度もICPCに出たことのない人が綴る、すべての人のための架空参加記録


第9話

「あぢ~~~~」
「なんでえ、わたしたちがお出迎えするんですかあ」
「これでもこの大学を代表する学生であるわけだから、ね」
この炎天下に、3人で「樹」の陰に佇んで待っていた。幹に張りついて鳴いているセミたちは、もちろん「大学の意志」によって選ばれた強者ばかりだ。究極にうるさい。
「アメリカの大学から来日する親善大使って何だよ、マジで」
「アメリカの大学から、親善大使が、来日するのよ」
「せんぱい、朝からそれしか言ってないじゃないですかあ」
普段着でいいと言われたから僕もあおいちゃんも涼しい格好をしているが、それでも汗がダラダラだ。対する黒子さんはいつも通りの暑苦しい黒装束なのに、見たところ一滴の汗もかいていない。どこでどういう教育を受けたらそうなるんだ?
「あおいちゃんは英語得意だからいいけど、僕とか全然無理ですよ? 大丈夫なんですか?」
「ああ、それは心配しなくても平気よ」
「ふーん......」
とか、
「親善大使さん......って学生なんですよね?」
「そうよ」
「へえ......」
みたいな会話が5分に1回くらい立ち上がっては消える。それ以外の時間は、あおいちゃんがシャツの胸元をつまんでパタパタするのを覗かないように我慢していた。前に一度ガン見したのがバレて、涙目で思いっきり叩かれたことがある。




突然バタンという車のドアの音が聞こえて我に返った。僕たちが立っている木陰の少し前に、黒一色の扁平な高級車が停まっていた。その威圧感を放ちながらもスタイリッシュな佇まいには惹きつけられるものがあった。そしてその車の手前に人の姿があった。
「御機嫌よう、黒子!」
なるほど、あれが親善大使か。金髪縦ロールの豪華なお嬢様が、仁王立ちのポーズでこっちを見ていた。アメリカから来たって一目で分かるくらい、胸がアメリカン・サイズだ。
「ヘエ」
すかさず隣から舐めた答えが返った。親善大使の笑顔が凍り付く。後ろに控えた用心棒らしい和装の男が、咄嗟に身構える。親善大使は作り笑いのままそれを手で制し、話を続けた。
「その2人が今のあなたのチームメイト? なかなかしっかりしてそうですわね。あなたよりもずうっと」
余裕綽々だった黒子さんの方も、今の最後の一言を聞いて表情を引きつらせた。2人が知り合いだったのは驚きだが、それよりもこの下品な貶し合いから開幕早々目が離せない。「親善大使」「お出迎え」とは何だったのか。その金髪お嬢様は用心棒男を制した手を腰に戻し、頭を一振りして縦ロールを後ろに流した。格好の付け方がちょっとキツい。気取った手振りを交えて、再び口を開く。
「お2人さんに自己紹介しておくわ。私はUS最高峰・爆裂ハーバード大学初代生徒会長、爆裂院=クロフォード=麗華。レイカでいいわ。あなたたちと同じ、大学3年生よ」
「「んー??」」
あまりの情報量の多さに、全身が混乱した。
「............生徒......会長?」
「ばく......なんて?」
生徒会長......って、言ったよな? 中学校かな?
「もう、飲み込みが悪いわね。1回で覚えなさいよ。爆裂院=クロフォード=麗華」
「ばく......れついん?......って何ですか?」
「US最高峰・爆裂ハーバード大学の生徒会長を務める者だけに与えられる、特別な称号のようなものね。ま、あなたたちは同い年なんだし、呼び名はレイカでいいわ」
喋り方も、「US最高峰」っていちいちつけるのもちょっとキツい。自覚ないのか。隣で黒子さんがピクピクしている。限界っぽい。
「違う違う。ち、乳が爆裂だから、爆裂院ってつけてるのよ」
黒子さんが必死に笑いをこらえながら付け加えた。次の瞬間、今まで大人しくしていたはずのあおいちゃんが突然つられて吹き出した。
「ぶ! くっく、ご、ごめんなさい、ごめんなさい! ア! ハ!......」
僕も咳払いをしまくって必死にごまかした。ごまかせてない。
爆裂院=クロフォード=麗華なんて名乗っちゃったその金髪は、最初は信じられないといった感じで、笑いこける僕たちを見て目を大きく見開いた。しかし直後に、そのくりっとした美しい瞳がギラギラと発光する白目に切り替わった。後ろの用心棒男も、懐から2本のステッキを取り出し、ゾッとするほど怨念を滾らせて攻撃の構えをしている。そしてとうとう、爆裂ハーバード大学と究極東京大学の友好の証として、極まった親善大使が激昂した。ここに日米開戦す!
「おんのれ黒子オオオオ!! 烈風、やっておしまいッ!!」
烈風と呼ばれたその男は、攻撃の構えのまま甲高い喊声を発して突進を開始した。
「シェアアーーッ!!」
「黒子さん、危ない!!」
烈風は突っ立っている黒子さんに向かって、神業のようなスピードでステッキを斜めに振り下ろす。ビッという物凄い風切り音がしたが、そこに手応えはなかった。
「なッ! 影、ですト!? いつの間ニ!」
そう、それは確かに黒子さんの形をした立体の影と呼ぶのが最も適切な「何か」だった。次の瞬間、離れたところで見守っていた金髪が悲鳴をあげた。
「烈風! 上! 真上!!」
烈風の直上から、黒子さんが腕組みをして足をぴったり閉じた姿勢で真っ直ぐ落ちてきた。
「はッ!」
烈風が顔を上げる頃には彼の視界はもう、真っ黒な靴底しかなかった。
「があアアーーッ!!」
鼻頭に靴の踵が物凄い落下速度で直撃し、烈風は鼻血を噴き出しながら、背中からゆっくりと大の字に倒れた。
「烈風ううーッ!!」
「黒子ドノ、お、お見事......」
烈風は目をグルグルにしてのびてしまった。黒子さんは背筋を伸ばしたまま、烈風が立っていた位置にふわりと着地した。
「黒子! 卑怯! 卑怯だわ!」
「あら。私が卑怯で陰湿なのは、あなたも知っているでしょう? アメリカ~ンなガッツだけじゃ、戦いには勝てないわ」
「余計なお世話よ! いい? 私のバストとこのUS最高峰・爆裂ハーバード大学の生徒会長だけに贈られる『爆裂院』の称号には、金輪際一切何の関係もないんだから! 分かった? そこの2人!」
「「え、えへへ......」」




その後烈風さんは大学の附属病院に運び込まれたが、すぐに回復した。診察室から出てくるとき、病院の先生に笑顔でありがトウと言っていた。親善訪問自体は主に僕とあおいちゃんの必死の仲介によって恙なく行われた。結局彼女の呼び名は爆裂院で定着した。爆裂院は前にも究極東京大学に来たことがあるらしく、相変わらず暑苦しいキャンパスだと悪態をついていた。そして、爆裂ハーバード大学がいかに区画整備され美しい景観のキャンパスであるかを延々と演説した。しかし、演説は黒子さんの「暑苦しい乳」発言で突然中断された。再び怒り狂って暴れる爆裂院を烈風さんが無理やり車に押し込み、親善大使ご一行の2人はキャンパスを後にした。覚えておきなさいよ!と車内から後部ガラスを握り手でドンドン叩く爆裂院を、3人で手を振りながら笑顔で見送った。キャンパス外縁部の汎用工学部群が、今までずっと笑いをこらえていたかのように爆音とともに一斉に蒸気を吐き出した。蒸し暑い、夕暮れ時であった。



覚えておきなさいよ! ドンドン